2012年4月22日日曜日

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3-1 突然変異の種類

 DNAの優れた複製機構のために遺伝子は高い安定性を保っている。DNAの複製に伴うエラーの率は1/109-10 程度であり、物理・化学的にはとうてい説明不可能なほど低い。これは全ての生物がエラー修復機構を何重にも備えているためである。しかし、遺伝子が不変であるとすれば、現実の生物集団中にみられる遺伝的変異の起源や、さらには、この変異にもとづく生物の進化の事実を説明できないことになる。実際には、低頻度ではあるが、遺伝情報は変化する。つまり、遺伝子の複製の誤りがみられる。これを、突然変異(mutation)という。

 突然変異という言葉はド・フリース(de Vries 1901)によるものである。彼はオオマツヨイグサ(Oenothera lamarchiana )に形態的に大きく異なる変異が頻発することを観察し、この現象に対してMutationという名称を与えた。ダーウィンの自然選択説が微小な遺伝的変異に自然選択が働いた結果、新しい種が生ずると主張したのに対抗して、ド・フリースは突然変異によって新たな種が突如として出現するという「突然変異説」を唱えた。その後、ド・フリースのいう「突然変異」は特殊な染色体異常が原因であることが判明し、その主張は誤りであることが明らかになったが、突然変異という言葉だけは現在も使われている。ただし、その意味するところはド・フリースのものとはまったく異なる。

突然変異の定義

 突然変異をもっとも包括的に定義すれば、「遺伝物質の質的・量的変化による遺伝情報の変化」ということができよう。ただし、分子進化学などの分野では、遺伝情報の変化を伴わないような変化、例えば、DNAの塩基配列の変化がアミノ酸の変化をもたらさない同義置換なども突然変異ということが多い。

突然変異体 (mutant)

 突然変異遺伝子をもつ個体のことを突然変異体という。しかし、ヒトの血液型などのように野生型がどれかわからないことも多いこと、また、分子生物学の発展によって突然変異として認識されない遺伝的変異も検出されるようになったことから、最近は「遺伝的変異体」(genetic variant) と呼ばれることが多い。

突然変異の種類

 突然変異の種類にはさまざまなものがあるが、便宜的に以下の2種類に大別されることが多い。

 (1) 染色体突然変異(または macromutation): 染色体の数および巨視的構造の変化

 (2) 遺伝子突然変異(または micromutation): 遺伝子構造の変化

 いずれも染色体、つまりDNA上に生じた変化であることには違いはなく、両者を厳密に区別することはできない。通常は、光学顕微鏡で観察できるような変化を染色体突然変異と呼ぶ。

3-1-1 染色体突然変異

 染色体突然変異にもさまざまな種類がある。主なものについて例を挙げながら説明する。

(1)倍数性(polyploidy)
 
 基本的な染色体のセットであるゲノムを単位とした染色体数の増減である。植物にはごく普通にみられる。倍数性によって生じた変異体を倍数体(polyploid)というが、これには、同質倍数体と異質倍数体とが区別される。

同質倍数体(autopolyploid)

 同一のゲノムのセットが増加したもの。

(例)日本産のキク科植物の基本染色体数はn=9であるが、さまざまな倍数体が知られており、下に示すようにそれぞれ別種として扱われている。

 リュウノウギク、ハマギク2n=18(2倍体)
 アブラギク2n=36(4倍体)
 ノジギク2n=54(6倍体)
 シオギク2n=74(8倍体)
 イソギク2n=90(10倍体)
 

異質倍数体(allopolyploid)

 異なる種に由来するゲノムを持つ倍数体で、雑種の染色体が倍化したもの。植物では新しい種の形成機構として重要である。また、動物でも、単為生殖を行う生物では雑種起源の異質倍数体が多く知られている。

 

(例)栽培コムギの起源
 木原 均(1944)はゲノム分析という方法を用いて、栽培コムギの祖先を明らかにした。ゲノム分析とは、雑種植物の花粉母細胞の減数分裂を観察し、同じゲノムに属する相同染色体は対合して、二価または多価染色体を形成することを利用して、ゲノム構成を明らかにしようとする方法である。図に示すように、例えば、Aゲノムの2倍体(AA)とBゲノムの2倍体(BB)植物を交配して得られた雑種では、ゲノム構成はABとなり、減数分裂では二価染色体はみられない。これに対して、AABBとAAとの交配から得られる雑種はAABとなり、二価染色体とい一価染色体が同数形成される。図中のXは基本染色体数を、添え字のI、II、IIIは、それぞれ一価、二価、三価染色体を示す。


 ゲノム分析の結果、普通コムギはAABBDDという3種類の異なるゲノムからなる異質6倍体であること、AABBは栽培コムギの一種である二粒系コムギ由来であることがそれまでの研究でわかっていたが、DDゲノムが野性種のタルホコムギ(Aegilops squarrosa)に由来することを明らかにしたのである。また、AAゲノムは一部の地域で栽培される一粒系コムギが持つことがわかっていた。
 
 1955年、木原らは京都大学DD探検隊を組織し、西アジアのカラコルムおよびヒンズークシで、麦畑の雑草の中にタルホコムギを発見し、これと二粒系コムギとの自然雑種から普通コムギが誕生したものと推測された。また、BBゲノムの起源は中近東に分布する野性種のAegilops speltoidesとみられている。これらの研究の結果、普通コムギの由来は以下のように推定された。

       一粒系コムギ
    (Triticum monococcum) × Aegilops speltoides
    ゲノム=AA(2n=14)      BB (14)

                ↓

              二粒系コムギ          タルホコムギ
           (マカロニコムギ;T. darum) × (Aegilops squarrosa)
              AABB (28)          DD(14)

                          ↓

                         普通コムギ
                        (T. aestivum) 

栽培植物における倍数性の利用

 倍数体では、細胞のサイズが大きくなるため、根、茎、葉、花などの栄養器官が大型化する傾向がみられる。このために栽培植物には、倍数体のこのような特性を利用したものが多い。我々の先祖たちは自然に生じた倍数体の中から、作物として利用価値の高いものを選択してきたのであろう。いくつかの例を挙げる。

野生種栽培種

カラスムギ2n=14、2842
コムギ14、2828、42
ワタ2626、52
タバコ2448

 近年では、魚の3倍体の利用が実用化されつつある。3倍体の魚では性の分化がみられないため、発育がよいという。 

(2)異数性(aneuploidy)

 特定の染色体の数の増減をもたらすような染色体突然変異。ヒトではさまざまな異数性が知られているので、ヒトの例について紹介する。

ダウン症候群(Down syndrome)

 ラングドン−ダウン(Langdon-Down 1866) が最初に記載したことからこのように呼ばれる。ラングドン−ダウン自身は「蒙古症」(Mongolism)と名付けたが、現在ではこの名称は用いられない。顕著な蒙古ひだ(目もとのひだで蒙古人種に特徴的)、釣り上がった眼、平たい顔、短頭、扁平後頭、手掌紋の異常などの形態的異常を示し、身体、精神の発達が著しく遅れる。また、早老性や心臓の異常も多発する。 

出生頻度: 300〜700人に1人の割合でみられ、ヒトの染色体突然変異の中ではもっとも多い。母親の年令が高くなると増える傾向があり、母親が40才以上では1/100、45才以上では1/50になるという。

原因: 1959年、フランスのルジューンら(Lejeune et al.)はダウン症の患者の染色体数は47本であり、もっとも小さいグループの染色体が1本過剰であることを報告した。後に、これは第21番染色体を3本もつトリソミー (trisomy)であることが判明した。 常染色体の番号は、当初、大きさ順に1番から22番まで付けられたが、現在では、21番がもっとも小さい染色体であることがわかっている。ダウン症の原因の大部分は、染色体の不分離によるもので、単発性であるが、21番染色体が常染色体に転座した転座型の場合は、きょうだいに繰り返し患者が出現することがある。染色体不分離の場合、21番が1本になったモノソミー(monosomy)が同数生じるはずであるが、実際にはみられないことから、生存不能であると考えられる。また、他の染色体のトリソミーも、第18番や第22番などで少数知られているだけであり、大部分の染色体のトリソミーは致死になると考えられる。

対策: 羊水や絨毛細胞の染色体検査により妊娠中に発見可能になった。また、特定のマーカータンパクを用いた簡易診断も行われている。しかし、疑陽性が多いため問題になっている。

ターナー症候群(Turner syndrome)

 短身長と翼状頚が特徴で体形は幼女型。性腺の無形成あるいは形成不全のため不妊。戸籍上は女性であるが、生物学的な意味では性別は明確ではない。

 原因は、性染色体構成がXO(X monosomy)であることによる。減数分裂時の染色体不分離が主な原因と考えられる。出生頻度は5000人に1人程度でまれ。

 

クラインフェルター症候群(Klinefelter syndrome)

 性染色体構成がXXY、XXXYなど、X染色体の過剰による。出生率は男性の約400に1人の割合でみられ、比較的多い。外形は正常の男性であるが、身長が高い(ふつう180cm以上)。男性ホルモンの不足のために、髭が薄い、筋肉の発達が悪い、顔つきが小児型、乳房が発達するなどの特徴がみられる。不妊のため、病院を訪れて判明するケースが多い。

XYY


犬の脱毛症の痂皮

 身長が高く、性格が粗暴な傾向がみられる。イギリスの犯罪者の矯正施設に収用されている人達の中の頻度は、一般の人の中の頻度より多いことが報告され、Y染色体の過剰が犯罪の原因ではないかと問題になった。その後、アメリカの大量殺人事件の犯人がXYYであったことから、法的責任がないとされ、一審で無罪の判決が出された。これが、きっかけとなって大規模な調査が行われた結果、犯罪者の中に高頻度で出現することは事実であるが、社会的に成功している人達の中にもまれではないことが判明し、結局有罪となった。性格が粗暴ということは、一面では積極的な性格であるともいえるわけで、軍人や経営者などにはむしろ望ましい性格といえよう。

X染色体の過剰

 XXX〜XXXXXなど。外見は正常な女性であるが、身長が高く、精神的発達が悪いことが多い。女性の750人に1人といわれ比較的多い。多くは不妊であり、それによって発見されることが多い。

(3)欠失(deficiency; deletion)

 染色体の一部が失われる異常。欠失のホモ接合は普通致死になる。ショウジョウバエの場合、小さい欠失のヘテロ接合は生存可能なことが多いが、ヒトではヘテロ接合でも致死になるのが一般的。

 ヒトの欠失の例としてよく知られているものに、猫鳴き症候群(Cri-du-Cha syndrome)がある。これは第5番染色体(B群)の短腕部の決失が原因であることがわかっている。新生児の子猫のような泣き声を特徴とし、重度の発育障害と知能障害がみられ、ほとんどは幼児のうちに死亡するが、育ったとしても正常な社会生活は望めない。

遺伝性のがん

 遺伝性(家族性)のがんの中には優性遺伝するものが多い。これらのがんの患者には、がん抑制遺伝子といわれる遺伝子の欠失をヘテロ接合でもつことがわかっている。

(例)

 遺伝子染色体上の場所がんの種類

 RB13q14.1*網膜芽細胞腫
 BRCA117q21乳がん、卵巣がん
 BRCA213q12-13乳がん、卵巣がん
 APC 5q21大腸がん

*ヒト染色体地図の表記法: 短腕をp、長腕をqで示す。
5q21は第5番染色体長腕の21の領域を示す。


ショウジョウバエにおける欠失の利用

 
 ショウジョウバエの場合、小さい欠失のヘテロ接合の多くは生存可能である。ホモ接合はほとんどが致死になるが、後述のように、ショウジョウバエではこのような欠失系統を容易に維持できるために、研究上有用な道具となっている。欠失はX線などを用いて容易に誘発でき、また、唾腺染色体のバンドをてがかりにして、どの部分が欠けているかを知ることができる。
 
 劣性突然変異はその遺伝子座を含む領域の欠失染色体とヘテロ接合にすると、突然変異の表現型となるため、問題の遺伝子座がどの領域に存在するかがわかる。ショウジョウバエでは遺伝子座の位置を唾腺染色体上にマップした詳細な細胞学的地図(cytological map )ができているが、おもに欠失を利用して作られたものである。また、特定の遺伝子座を狙った突然変異の分離にも欠失系統が欠かせない。そのために、ゲノムのほとんどの領域をカバーできるような膨大な種類の欠失系統が系統保存施設などで維持されている。

(4)転座(translocation)

 染色体の一部が他の染色体に移ったものを転座という。2本の非相同染色体の間で染色体腕を交換する相互転座(reciprocal translozation)がもっともふつうである

フィラデルフィア染色体と白血病
 
 ヒトの転座が病気の原因となる例として古くから知られていたのは慢性骨髄性白血病である。米国のフィラデルフィアの病院に入院していた白血病患者のなかに、「フィラデルフィア染色体」と呼ばれた特殊な染色体異常がみられることが報告された。後に、この染色体異常は9q34と22q12の相互転座であることが判明した。現在では、第9番染色体上のガン遺伝子ABLと第22番染色体上の遺伝子BCRとの融合が慢性骨髄性白血病の原因とみられている。

 

転座ヘテロ接合による不妊

 

 相互転座染色体についてヘテロ接合の個体の減数分裂第1分裂における染色体対合は図に示すような形になる。 第1分裂の染色体の分離は、(1,3 - 2,4)あるいは(1,4 - 2,3)の2通りある得るが、前者のような分離を行った場合に作られる配偶子は、染色体の一部の欠失あるいは重複をもつため、このような配偶子が受精してできる接合体は致死となる。このため、相互転座ヘテロ接合個体の妊性は通常の1/2に低下する。

 このことから、相互転座は原理的には害虫の生物学的防除に利用できる。実験室で開発された転座ホモ接合系統のオスを野外に放すことによって、転座ヘテロ接合の子供を作らせ、その妊性が低下することを利用するのである。転座ヘテロ接合個体から生まれた子供の半数はやはり転座ヘテロ接合になるので、長期間にわたり個体数を抑制する効果が期待できる。

ヒトにおける染色体異常の出現率

 これまでヒトの染色体突然変異の例を紹介してきたので、ここで、ヒトの染色体異常がどの程度生ずるかをまとめておく。

  1. 平均して、全出産児の 0.5% (1/200) に染色体異常が認められる。この大部分は、ダウン症を中心とする過剰染色体によるもので、母親の年令とともに増加する傾向がある。

  2. 自然流産胎児の 20〜60% に染色体異常が認められる。妊娠初期の流産胎児ほど頻度が高いことから、流産胎児の60%以上が染色体異常をもつと推定される。

  3. 確認された妊娠(1.5〜2ヶ月)の約15%が自然流産する。

  4. したがって、確認された妊娠のおよそ9%がなんらかの染色体異常をもつと推定される。確認されない妊娠を含めると、10%を越えることは間違いない。

  流産胎児に染色体異常が高い頻度でみられるという事実は、逆にみれば、流産が染色体異常の監視機構として機能しているといえよう。

(5)逆位(inversion)

 染色体の一部の配列が逆転するような染色体突然変異を逆位という。しかし、2本の相同染色体のどちらが逆位をもつかをいうためには、正常配列が定義されている必要があるため、新しく生じたことが明らかな逆位の場合を除き、相対的な関係、つまり相同染色体が互いに逆位の関係にあるとしかいえない。

 

 体細胞の染色体を光学顕微鏡で観察して配列の逆転を知ることはほとんど不可能であるため、分子生物学の発展によってDNAの塩基配列が調べられるようになるまで逆位の有無を知ることは一般的にはできなかった。その例外がショウジョウバエであり、近年に至るまで逆位に関する研究はほとんどショウジョウバエの独擅場であった。
 
 ショウジョウバエの唾腺染色体の場合、2本の相同染色体が常時体細胞対合しているため、逆位染色体と正常染色体がヘテロ接合になっている個体では特徴的なループ状の染色体構造が生じ、顕微鏡により観察することが可能である(図参照)。また、固有のバンドの存在により、逆位の切断点も正確に知ることが可能である。このため、古くから多くの研究が行なわれてきた。

 

逆位による組換えの抑制

 逆位の大きな特徴は、ヘテロ接合雌において、逆位内の組換えが著しく抑制されることにある。なぜ組換えが抑制されるかを説明する前に、逆位の種類についてふれておく。逆位は大きく分けると、逆位範囲が一方の染色体の腕に限定されている偏動原体逆位(paracentric inversion)と動原体を挟む挟動原体逆位(pericentric inversion)の2種類がある。

 偏動原体逆位についてヘテロ接合の雌で、逆位の範囲内で乗換えが起こると、2個の動原体をもつ染色体と動原体をもたない染色体が生じる(図参照)。これらの異常染色体をもつ核は減数分裂の際にすべて極体に入り、卵核には乗換えを起こさなかった染色体か、あるいはまれな2重乗換え染色体しか入らない。つまり、乗換え染色体は子供には伝わらず、見かけ上、組換えが抑制されることになる。

 挟動原体逆位の場合、乗り換えが起こると、染色体の末端部に欠失あるいは重複をもつ 染色体が生ずる。これらの異常染色体は卵核に入るが、受精後に染色体異常が原因となって胚の段階で大部分が死んでしまうため、やはり見かけ上組み換えが抑制される。しかし、この場合、孵化率の著しい低下(完全致死の場合、ホモ接合の50%になる)を伴うため、逆位染色体には強い自然選択が働き、すみやかに淘汰される。このため、自然集団中には挟動原体逆位はきわめてまれにしかみられない。

 一方、偏動原体逆位にはこのような適応的な不利益が伴わないため、自然集団中に多型的にみられることが多い。このような多型的な逆位がなぜ維持されるかに関して、過去多くの研究が行われてきた。特定の逆位の中の遺伝子は組換えが抑制される結果、常に一緒に子孫に伝えられ、逆位はあたかも一個の巨大な遺伝子であるがごとくふるまうことになる。これを、超遺伝子(super gene)という。自然選択の結果、超遺伝子内の遺伝子は最も適応的な組合せをもつ共適応系(coadapted system)を形成していると考えられている。ショウジョウバエの自然集団中に、多くの逆位が多型的にみられるのはこのような共適応系を安定に維持できることが理由と考えられる。

平衡致死系

 ショウジョウバエの自然集団中にみられる逆位の適応的な意味に関しては、依然、完全に解明されているわけではないが、ショウジョウバエの遺伝学にとって逆位はきわめて有用であり、欠くことのできない道具となっている。中でも重要なのは平衡致死系(balancing lethal system)と呼ばれるものである。


痛みなし

 ある逆位内の遺伝子座の劣性致死突然変異をもつ染色体と、異なる遺伝子座に劣性致死突然変異をもつ正常染色体がヘテロ接合である個体同士を交配すると、次世代は全て親世代と同じヘテロ接合になる。逆位を持つ染色体も正常染色体も、ホモ接合になると劣性致死突然変異のために死んでしまうからである。これを平衡致死系という。この場合、逆位の範囲内で組換えが起こらないことが重要である。もし、組換えが起これば、2つの劣性致死遺伝子を2重に持つ染色体とまったくもたないものが生じ、前者が淘汰されてしまうからである。平衡致死系を利用すると、劣性致死突然変異や劣性不妊突然変異系統を簡単に維持することができる。

 自然集団中にみられる逆位は偏動原体逆位であり、染色体の一部の組換えしか抑制しない。これでは不便なため、自然集団中の逆位や人為的に誘発された逆位を複数組み合わせることによって、特定の染色体の全長にわたって組換えが起こらないようにした「バランサー染色体」が種々作られている。バランサー染色体は劣性致死突然変異をもつだけでなく、バランサー染色体をもつかどうかを識別できるように優性可視突然変異をマーカーとしてもたせてあるのが普通である。古くから用いられている第2染色体のバランサーの一つであるSM1の場合、左腕と右腕に自然集団由来の逆位をそれぞれもち、さらに左腕と右腕にまたがる挟動原体逆位が重なっている。優性マーカーとしては翅の突然変異であるCurlyをもつが、これは同時� ��劣性致死突然変異でもある。 代表的なバランサー染色体であるSM1とTM3の逆位の範囲を図に示す。


 
 バランサー染色体は単に致死突然変異や不妊突然変異の維持に用いられるだけでなく、突然変異の分離、複数の突然変異をもつ系統の作成、同じ遺伝子型をもつクローン系統の作成など、あらゆる場面で用いられる。バランサー染色体がないと、ショウジョウバエ研究者たちは手足をもぎ取られたようなもので、何もできなくなるといっても過言ではない。このような系が存在することが、ショウジョウバエが研究材料に多用されている大きな理由の一つである。

(6)重複(duplication)

 染色体領域が部分的重複したもの。染色体を光学顕微鏡で観察するだけではほとんど検出できないため、以前はショウジョウバエなどで小数の例が知られていただけであった。しかし、DNAレベルで染色体の構造が明らかになるようになった結果、多数の例が知られるようになった。重複の原因としては、不等乗り換えやDNA複製の際のすべり、あるいは遺伝子変換などが原因と考えられている。大規模な重複の場合は、遺伝子量のアンバランスのために致死になるが、小さい重複の場合は表現型に及ぼす影響は比較的小さい。

 重複は生物の進化において以下のような役割をはたしてきたと考えられる。
 

遺伝子の増幅: 多量の遺伝子産物を要するような遺伝子は多数のコピーを持つことが多い。その典型的な例がリボソームRNAをコードするrDNAである。rDNAは仁形成体領域(nucleolus origanizer region; NOR)に何百コピーもの遺伝子が連続して並んでいる。

新しい遺伝子機能の獲得:  もともと一つであった遺伝子がなんらかの理由で重複した場合、2つの遺伝子の一方は有害な影響を及ぼすことなくなく自由に変化することが可能になる。多くの場合、遺伝子としての機能を失って偽遺伝子(pseudogene)化するが、中には、偶然新たな機能を獲得することがある。ヒトではグロビン遺伝子族など、多くの例が知られているが、高等真核生物が複雑な体制や機能を獲得する上で、遺伝子重複が重要な役割を果したと考えられている。

3・1・2.遺伝子突然変異

 遺伝子突然変異も、染色体の上におこる変化であり、厳密には染色体突然変異と区別はできない。一般には、染色体の構造変化ととして観察できない場合を遺伝子突然変異という。遺伝子突然変異の例は無数にあるので、ここではヒトの例について、歴史的な意義のあるケースを紹介するにとどめる。

鎌状赤血球貧血症(sickle cell anemia)

 構造タンパク質をコードする遺伝子に生じた突然変異の例であるが、突然変異の原因が分子レベルでもっとも早く解明されたことであまりにも有名である。鎌状赤血球貧血症は常染色体劣性の遺伝病であるが、患者(ホモ接合)の赤血球の形が鎌状に変形し、このために血球が壊れやすく悪性貧血症状を示す。成人に達する前に死亡することが多いが、直接の死因は脳梗塞が多い。変形した赤血球が脳の毛細血管に詰まりやすいためである。鎌状赤血球貧血症は日本人にはみられないが、アフリカやアメリカの黒人には多発する。アメリカでは、黒人のおよそ8%が保因者で、その1/40が重い慢性貧血になるという。黒人に多いのは保因者(ヘテロ接合)が非保因者に比べてマラリアに対する抵抗性が高いためであることがわかっている。

 アメリカの有名な化学者のポーリング(Pauling, L.) のグループは、1949年、電気泳動法を用いて鎌状赤血球貧血症の原因がヘモグロビンタンパクの異常によることを見いだし、「分 子病」と呼んだ。正常成人のヘモグロビンであるHbAがHbSと名付けた異常なヘモグロビンに変化していることが判明したのである。当時はタンパク質の構造を決定する技術は開発されていなかったため、これがどのような違いによるものかは明らかではなかった。

 イングラム(Ingram 1957)はヘモグロビンタンパクの断片のアミノ酸組成から、HbAとHbSとはアミノ酸がたった一ヶ所異なるだけであることを明らかにした。その後の研究により、HbAはα鎖と呼ばれる141アミノ酸からなるタンパクとβ鎖と呼ばれる146アミノ酸よりなるタンパクそれぞれ2分子よりなる4量体であり、これに鉄原子を含むヘムと呼ばれる分子が4分子結合したものであることが判明している。α鎖とβ鎖は互いによく似たタンパクであり、遺伝子重複によってできたものと考えられているが、別の染色体上の遺伝子にコードされている。

 HbSの場合、α鎖にはHbAとの間で違いはまったく見られず、β鎖のN末端から6番目のアミノ酸が、HbAのグルタミン酸(Glu)からヴァリン(Val)に変っているのが唯一の違いであることがわかった。これは、ヘモグロビンβ鎖をコードする遺伝子の5'末端から17番目のヌクレオチドがTからAに変化したことが原因である。つまり、CTT(Glu)→CAT(Val)というたった1塩基対の違いが深刻な遺伝病をもたらしたのである。赤血球の変形の原因は、親水性のアミノ酸であるグルタミン酸が疎水性のヴァリンに変わったことにより、ヘモグロビンの溶解度が低下し、結晶化しやすくなるためであるという。

 ヘモグロビンのβ鎖にはこれ以外にも多くの突然変異が知られているが、中でも、βサラセミアと呼ばれる貧血症には多くの種類がある。そのほとんどはアフリカ、地中海沿岸、インド、東南アジアなど、マラリアの流行地域に集中する傾向がある。

フェニルアラニン代謝異常

 遺伝子の多くは酵素タンパクをコードしており、酵素タンパク遺伝子の突然変異がヒト遺伝病の原因であることが判明しているものはきわめて多い。歴史的にも古くから知られている。メンデルの法則が発見されて間もない1902年、イギリスのギャロッド (Garrod, A. E.) は、尿の中に多量のアルカプトン(現在はホモゲンチジン酸と呼ばれる)が排出されるために尿の色が黒くなる「アルカプトン尿症(黒尿症)」の患者の例を報告した。家系調査の結果、これがメンデルの法則にしたがって遺伝する劣性形質であることが示唆された。ギャロッドはこの原因が代謝過程の先天的異常によるものと考え、「先天性代謝異常」(inborn error of metabolism)と呼んだ。その後、アルカプトン尿症は、ホモゲンチジン酸を酸化する酵素、ホモゲンチジン酸オキシダーゼが欠損しているために、ホモゲンチジン酸が尿中に排出されることが原因と判明した。

 

 アルカプトン尿症はアミノ酸の一つであるフェニールアラニンの代謝経路の酵素の欠損が原因であるが、この代謝経路には他にもいくつかの遺伝病が知られている。代表的なものを紹介する。

フェニルケトン尿症 (PKU):  劣性遺伝病。フェニールアラニン→チロシンを触媒する酵素であるフェニールアラニン水酸化酵素の欠陥が原因。血中のフェニールアラニン濃度が異常に増加し、その代謝産物のフェニールピルビン酸(昔はフェニールケトンと呼ばれた)が尿中に排出されることが名前の由来である。これだけだとあまり重大ではないが、フェニールアラニンが脳内に蓄積すると重い知能障害を起こすことが最大の問題である。脳の発育は乳幼児の段階でほとんど完了するため、この時期にフェニールアラニを除いた特殊なミルクを与えることによって知能障害をかなり抑制できる。現在は、新生児全員について、他のいくつかの先天性代謝異常と併せて、血液検査によるスクリーニングが行われている。

アルビノ(白子): 皮膚や毛髪などさまざまな組織に見られる褐色あるいは黒色色素であるメラニンは、チロシンからドーパ(DOPA)を経て合成される。アルビノはヒトを含め多くの動物でみられるが、チロシン→ドーパを触媒するチロシナーゼの欠損、もしくは活性低下が主な原因である。

遺伝子突然変異の分子的基礎

 遺伝子突然変異の分子的機構としては以下のようなものがある。

(1) 点突然変異(point mutation)

ミスセンス突然変異(missence mutation):
 ヌクレオチドの置換によりコドンが変化、つまりアミノ酸が変化したことによってタンパクの機能に欠陥が生じる。変化したアミノ酸の種類によってほとんど影響がみられない場合も多い。

ナンセンス突然変異(nonsence mutation):
 ヌクレオチドの置換の結果、終止コドンが生じ、ポリペプチド鎖が中断する。ほとんどの場合、機能的なタンパクは作られない。

フレームシフト突然変異(frameshift mutation):
 1〜2塩基の挿入もしくは決失により読み枠が変化する。以降のアミノ酸配列がでたらめになるため、タンパクは機能しないのが普通。

(2) その他の突然変異

スプライシングの欠陥:
 スプライシング認識配列(GT−AGなど)部分に変異が生ずることによって正常なスプライシングが行われない結果、異常タンパクが作られる。血友病B(第IX因子の欠陥)などで知られている。


骨梁骨折

反復配列の増加:
 ヒトのゲノム中には大量の反復配列がみられるが、遺伝子内または近傍の反復配列の増加が遺伝病の原因であるケースが近年かなり報告されている。例えば、以下のようなものがある。

 脆弱X症候群−X染色体長腕の異常による知恵遅れで男児に多い。この遺伝様式はメンデルの法則に従わないことから、長い間謎であったが、CGGという3塩基の反復配列の増加が原因であることが判明した。母親を経由したX染色体で反復数が増加する。
 
 筋緊張性ジストロフィー−第19番染色体上の優性突然変異。CTGの反復配列の増加が原因。

 ハンチントン舞踏病−第4番染色体上の優性突然変異。高齢で発病する致命的な遺伝病。CAG(グルタミンをコード)の反復配列の増加が原因。グルタミンのコドンの反復配列の増加が原因となる遺伝病は他にもあり、「ポリグルタミン症」と総称される。

ヒトの遺伝性疾患

 ヒトの遺伝的変異のデータベースであるOMIMによれば、2001年3月現在で遺伝子座が確定しているものの数は以下のとおりである。この多くは、なんらかの欠陥を伴う遺伝病である。遺伝性疾患は優性のものがもっとも多い。

常染色体性8,473
X染色体連鎖 455
Y染色体 34
ミトコンドリア 37

 やや古いデータであるが、我が国における主な遺伝性疾患の出現率はおおむね以下に示す程度であるという。

 遺伝病保因者患 者

 先天性聾唖1/541/8,400
 フェニールケトン尿症1/601/15,000
 色素性乾皮症1/751/19,000
 小口病(夜盲) 1/801/20,000
 全身白子1/1001/21,000
 全色盲1/135 1/35,000
 小頭症1/1401/38,000

 この他、進行性筋ジストロフィー症、血友病、先天性白内障、無カタラーゼ血症、無ガンマグロブリン症などが比較的多い。


3-2 突然変異の原因

3-2-1 自然突然変異

 突然変異は特定の原因が存在しなくても自然に起こる。このような突然変異を、後述の人為突然変異に対して、自然突然変異という。

自然突然変異率

 ヒトの自然突然変異率を推定した例を紹介する。もっとも簡単なのは、優性突然変異で、患者の適応度がゼロであるような場合である。このような遺伝病患者が出現した場合、新しく生じた突然変異であることが明らかである。このような例の一つに、異軟骨栄養症(軟骨形成不全症; achondroplasia)がある。この遺伝病は第4番染色体上の優性遺伝子によって支配される。患者はいわゆる小人症であり、ほとんど子供を残さないことから、正常遺伝子からの突然変異により生じたと考えられる。
 
 日赤本社産院において、1922年−1952年の30年間に生まれた 80,435 人の内、10人がこの患者であったという。つまり、2×80435個の遺伝子のうちの10個に新たな突然変異が生じたことになる。30年という期間はヒトのほぼ1世代に相当する。これから、この遺伝子座の突然変異率(μ)は以下のように計算できる。

   μ = 10/(2 ×80435) = 6.8×10-5/遺伝子座・世代

 デンマークにおける同様な調査によると、μ = 8/(2×94075) = 4 ×10-5 で、日本とほとんど変わらない。

 優性突然変異の場合、保因者でも100%発症しない場合が多いため、突然変異率の推定は必ずしもこの例のように簡単ではない。また、劣性遺伝病の場合は、このような方法では突然変異率は推定できないので、集団遺伝学的な方法を用いなければならない。その説明は後にまわすことにし、ここでは、ヒトの遺伝性疾患で、自然突然変異率が推定された例を上げておく。

 
常染色体優性
 マルファン症候群1.4×10-5
 ハンチントン舞踏病0.7
 網膜芽細胞腫2.1
常染色体劣性
 アルビノ(全身白子)2.3
 フェニールケトン尿症2.5
 先天性聾1.7
 色素性乾皮症0.6
 真性小頭症4.9
X染色体劣性
 血友病A5.7
 進行性筋ジストロフィー6.3〜6.5

 遺伝子座によって10倍程度の差はみられるものの、おおむね10-5〜10-6のオーダーである。一般的に進行性筋ジストロフィーのように大きなタンパクをコードする遺伝子の突然変異率は高くなる傾向がある。ヒトの遺伝子座は約3万と推定されているので、配偶子のおよそ1/3が新たに生じた突然変異をもつ計算になる。

 ヒトに限らず、真核生物では遺伝子座当たり、毎世代およそ10-5のオーダーで自然突然変異が起こることが知られている。細菌などの原核生物では、突然変異率は10-7程度と低くなる。また、ウイルスでは10-2といった極端に高い突然変異率がみられるものもある。

突然変異率の推定例
 生 物遺伝子座突然変異 突然変異率

 バクテリオファージ
  (T2)
溶原性抑制r r+1×10-8
宿主範囲h+h3×10-9
 大腸菌乳糖醗酵laclac+2x10-7
ヒスチジン要求性hishis+ 4×10-8
 トウモロコシしわ種子 Shsh1×10-5
紫色種子Pp1×10-6
 ショウジョウバエ白色眼+→w 4×10-5
褐色眼+→bw3×10-5

 

突然変異率の性差

 ヒトやショウジョウバエでは突然変異率はオスの方がメスより高いことが知られている。ヒトの場合、男性の突然変異率は女性の約2倍といわれる。始原生殖細胞から配偶子に至るまでの細胞分裂の回数が、オスではメスより多いことが理由と考えられる。突然変異はDNAの複製の際のエラーによることが多いので、細胞分裂の回数が多いほど突然変異率が高くなるというのである。

3-2-2 人為突然変異

 生物に何らかの処理を加えることによって突然変異率が上昇することが知られている。これを人為突然変異という。突然変異率を上昇させるような要因を「突然変異原」(mutagen) という。

(1) 放射線

 突然変異原としてもっともよく知られているのは、放射線であろう。可視光線、赤外線、電波なども放射線であるがこれらは通常突然変異を誘発しない。突然変異原となる放射線には以下のようなものがある。

   電磁線: X線、γ線、紫外線(UV)

   粒子線: α線、β線、中性子線、陽子線

放射線量の単位
単 位旧単位との関係
放射能ベクレル (Bq; Bequerel)1 Bq = 2.703 x 10-11Ci
照射線量クーロン (C; Coulomb) /Kg1 C/Kg = 3.876 r (roentgen)
吸収線量グレイ (Gy; Grey)1 Gy = 100 rad = 1 J/Kg
線量当量
(実効線量)
シーベルト(Sv; Sievert) 1 Sv = 100 rem

放射線誘発突然変異

 放射線が突然変異を誘発することを発見したのはマラー (Muller, H. J. 1927) である。彼は、バランサー染色体を用いた巧妙な実験法を開発し、ショウジョウバエにX線を照射すると突然変異率が上昇することを明らかにした。放射線による突然変異率の上昇率は、多くの遺伝子座で、0.4〜0.5×10-8/r/遺伝子座 (0.4-0.5×10-6/Sv/遺伝子座)であった。その後の研究によって、真核生物では 一般に遺伝子座当たり10-5 から 10-6/Sv の率で突然変異を起こすことが明らかにされた。
 
 放射線誘発突然変異には以下のような特徴がみられる。

  1. 一般の毒性物質と異なり、閾値が存在しない。突然変異率は線量にほぼ直線的に比例するため、安全線量が存在しない。

  2. 突然変異率は全線量に比例し、線量率(dose-rate)の違いによる差は小さい。
キイロショウジョウバエ第2染色体上の劣性致死突然変異
線 源全線量 線量率%致死染色体

γ線3000 r2000r/min4.5
2r/min 4.7
X線3000 r600r/min 5.5
2r/min5.0

人体被爆に対する規制
 
 X線が発見されたのは1895年のことであるが、当初はその危険性は認識されておらず、まったく無防備であったため、間もなく多くの急性放射性障害がみられるようになる。そこで、1902年、ヨーロッパの医学会議で被爆の危険性が指摘され、最初の勧告が出された。それは、1日当りの被爆を10rem(0.1Sv)以下にしようというものであった。しかし、間もなく放射線技師たちの中に白血病などのがんが多発するようにったことから、発がん性が指摘され、1925年に開催された第1回国際放射線医学会議において、1日当たり0.2rem (2mSv)以下とする勧告が出された。
 
 1950年以降は、国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告を出し、それにもとづいて各国政府が法律などを策定し、被爆線量を規制することになった。ICRPの勧告は以下のように変化してきた。

   1950年勧告 0.3rem (3mSv)/週

   1958年勧告 0.17rem (1.7mSv)/年 (5rem (50mSv)/30年)


   1977年勧告 職業、性別、被爆部位別に線量当量限度を勧告
           職業上被爆する成人の場合、全身均等照射で5rem(50mSv)/年
           公衆の場合は、職業人の1/10など

   1990年勧告 職業被爆で5年間に100mSv、ただし、いかなる1年にも50mSvを越えない

 
 1950年勧告は、放射線が突然変異を誘発すること、つまり、放射線障害は被爆者本人にかぎらず、子孫に影響を及ぼすことが判明したことによる。1958年勧告は、集団遺伝学の進歩によって、突然変異はどのようなものでも集団の遺伝的荷重を増大することから、可能な限り被爆線量を低く抑えるべきであるという理念にもとづくものである。しかし、その後の原子力産業の発達にともなって、職業的に被爆せざるをえない人が増えた結果、この規制は厳しすぎることから、1977年勧告では条件がやや緩和された。日本の法令は2000年度までこれにもとづいていたが、1990年勧告にもとづく法令が制定され、2001年4月から施行された。

 われわれの身の回りには多くの自然放射線源があり、また、医療用の放射線による被爆も避けられない。自然放射線の多くは宇宙線や大地中の岩石などに由来するものであり、地域によってかなり異なるが、およその目安としては以下に示す程度である。

自然放射線
  宇宙線0.5mSv/年
  大地0.5mSv/年
  体内被爆0.25mSv/年
人工放射能(医療用など)0.25mSv/年
  合 計約1.5 mSv/年
(45mSv/30年)

 この程度の自然放射線では、自然突然変異率のごく一部しか説明できない。自然突然変異ののうち、放射線が原因となるのは、1割程度と推定されている。

(2)化学物質

 化学物質の中に突然変異原性をもつものがあることが発見されたのは、放射線よりもかなりあとのことである。1947年、イギリスのアウエルバックら(Auerbach, C. & Robson, J. M.)は、 第一次世界大戦中に、毒ガスとして使用された芥子ガス(mustard gas; アルキル化剤 の一種)がショウジョウバエに突然変異を誘発することを報告した。実際の発見は1941年であったが、 第二次世界大戦中であったために軍事機密に指定され、戦後まで発表が禁じられたのである。
 
 その後の研究によって、多くの化学物質が突然変異を誘発することが明らかにされている。化学物質の中に発がん性をもつものがあることは古くから知られていた。当初は、発がん物質と突然変異原は別のものとして扱われていたが、研究の進展とともに両者は次第に重なってきて、現在では、ほとんどの突然変異原は同時に発がん物質でもあることが判明している。がんの原因の多くが、体細胞に起こった突然変異であることからみても当然のことであろう。

 自然突然変異のうち、化学物質が原因となるものがどのくらいを占めるかについては、現時点では情報が不足しており、不明である。

身の回りの突然変異原

 我々の身の回りにも多くの突然変異原が知られている。そのいくつかを挙げておく。

大気汚染物質: 3・4・ベンツピレン、ベンゼン、アスベスト、ベンツアントラセン、ホルムアルデヒド、アクロレイン、ダイオキシン など

水質汚染物質: 塩化メチル水銀、カドミウム化合物、クロム化合物 など

食品関係: 亜硝酸塩(ハムの発色剤)、アフラトキシン(ピーナッツなどのかびが作る)、フロキシン(赤色104号)などの着色料、チクラメート(人工甘味料)、ニトロフラン系防腐剤、カフェイン など

化粧品関係: タール系色素、アルデヒド系香料、アイラインなどに使われる金属(クロム、カドミウム)、ヘアダイ(パラフェニレンジアミン)など

農薬: アホレート、キャプタン、DDT、DDVPなどの殺虫剤

医薬品: マイトマイシンCなどの抗がん剤、クロルプロマジン、フェニルブタゾンなどの鎮痛剤

3-2-3 転移因子(transposable elements)

 近年、生物自身がもっているDNAが突然変異の原因となっていることが明らかになってきた。転移因子と呼ばれる動く遺伝子である。

 転移因子はアメリカのマクリントック(McClintock, B. 1951外)によって発見された。彼女は、トウモロコシの粒色にみられる変異が色素遺伝子の変化が原因ではなく、「調節遺伝子」の作用によることを示し、驚くべきことに、これらの調節遺伝子は染色体の間を動き回ると主張した。「動く遺伝子」の存在は、当初、疑問視されていたが、その後バクテリアでも発見され、その性質が詳しく研究された。眞核生物でも次々にみつかり、現在では、すべての生物が転移因子をもつことがわかっている。転移因子が生体の機能に不可欠であるようなケースはごく一部を除いて知られておらず、寄生性のDNAであると考えられている。

 転移因子にはさまざまな種類があり、遺伝子をまったくもたない場合も多い。転移因子のうち、それ自身が何らかの遺伝子をもつものをトランスポゾン(transposon; Tn )という。トランスポゾンの中で、両端にLTRと呼ばれる同方向の繰り返し配列をもつものはレトロトランスポゾン(retrotransposon)と総称されており、レトロウィルス(Retrovirus)というグループのRNAウイルスが染色体に組み込まれたものと考えられている。レトロトランスポゾンは内部に逆転写酵素などの遺伝子をもつのが普通である。

転移因子と突然変異

 ショウジョウバエで見つかっている自然突然変異の多 く(50〜85%) が、その遺伝子内に転移因子が挿入されていることが明らかにされていることから、ショウジョウバエの自然突然変異の多くは転移因子が原因と考えられている。また、ショウジョウバエの全ゲノムの10〜20%は転移因子由来と考えられる配列で占められている。

 ヒトの場合、Alu 族と呼ばれる約300bpの反復配列(SINE)が100万コピー以上見られ、ゲノムの10%強を占めている外、L1(LINEの一種) と呼ばれる転移因子が約10万コピーみられる。これらの転移因子は全ゲノムの約45%を占めると推定されている。これに対し、エクソンは約5%に過ぎない。ただし、ヒトの場合、転移因子が原因となったとみられる突然変異は比較的少ない。これは、転移を抑制するようなシステムが働いているためとみられる。

転移因子の利用−P因子の例−

 転移因子の研究が進んだ結果、さまざまな実験生物で、突然変異を誘発したり、外来の遺伝子を導入したりする手段として利用されるようになった。中でも、ショウジョウバエでは欠くことのできない研究手段となっている。ショウジョウバエではcopia因子、FB因子など、たくさんの転移因子が知られているが、もっとも有用な転移因子はP因子と呼ばれるものである。P因子は全長が約2.9Kbで、両側に31bpの逆方向繰り返し配列をもつ。

 1976年、アメリカのキドウェル(Kidwell, M.)がキイロショウジョウバエで発見したhybrid dysgenesis という奇妙な現象がP因子の発見のきっかけとなった。野外から得られた系統のオスを実験室系統メスと交配したF1を高温で飼育すると、ほとんど不妊となり、また、突然変異が多発する。しかし、逆交配ではこのような異常はみられない。まもなく、hybrid dysgenesis はP因子と名付けられた転移因子により引き起こされることが明らかになった。

 実験室で古くから飼育されていた系統はP因子をもたず、M系統と呼ばれる。一方、野外の集団由来の系統の多くはP因子をもち、その中で、転移能力をもつ完全なP因子をもつものはP系統と呼ばれる。M系統メスにP系統オスを交配すると子供が不妊になるのは、M系統の生殖細胞中ではP因子のもつ転移酵素遺伝子の転写産物が正常にスプライシングされ、活性のある転移酵素が作られる結果、P因子が活発に動き、生殖細胞のほとんどを殺してしまうのが原因である。一方、P因子を持つ系統(P系統および不完全なP因子をもつQ系統)のメスでは転移酵素の抑制因子が作られるため転移がみられないことがわかっている。

 P因子はもともとキイロショウジョウバエがもっていたわけではなく、おそらく1950年代に他の種から感染したらしい。この幸運な(?)出来事の結果、キイロショウジョウバエの実験動物としての価値は一段と高まることになった。

P因子を利用した形質転換: 1982年、アメリカのルービンら(Rubin, G. et al. 1982) はhybrid dysgenesis により新たに生じたwhite遺伝子座の突然変異から、この遺伝子座に挿入されたP因子のクローニングに成功した。さらに、同年、ルービンとスプラドリング(Rubin & Spradling 1982) は、P因子をベクターとして利用し、完全なP因子(helperと呼ばれる)とともに卵の後極に注射することによって、真核生物で初めて形質転換に成功した。P因子の転移には両端にある短い逆方向繰り返し配列があれば充分なので、その内部にさまざまな外来遺伝子をもたせてショウジョウバエに導入することができる。

P因子による突然変異誘発: 体細胞中では通常P因子の転移は起こらないが、体細胞中でも転移するように改変した特殊なP系統が作られており、また、各種のレポーター遺伝子(w+ry+lacZなど)をもつ形質転換系統が作成されたことによって、これらを組み合わせることによって、突然変異が効率よく得られるようになった。P因子によって誘発された突然変異は、遺伝子の内部や近傍にP因子が挿入されているため、これを目印(P taggingという)として、遺伝子を能率よくクローニングできる。また、lacZ をレポーター遺伝子として利用すると、エンハンサーの下流にPが挿入された場合、βガラクトシダーゼが発現するるため、この活性を検出することによって特定の遺伝子がどこで、いつ発現しているかを知ることができる。



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